さらば松坂世代の選手達。
ついにこの時期がやってきた。
プロ野球選手の引退のお話である。
なんだかんだ毎年寂しくなるような引退のニュースが流れて来るのだけれど今年は特に胸を締め付けられる引退報道があったのでご紹介したい。
鷹と巨人を渡り歩いた名左腕

そう杉内俊哉である。
2001年ドラフト三位で福岡ダイエーホークスに入団。
03年にダイエーのリーグ優勝に貢献、後に日本シリーズでMVP獲得。
05年に18勝をあげ沢村賞に輝く。
私ザビエルは阪神ファン兼楽天イーグルスファンであるが、楽天ファンからすると和巳、杉内や和田を当てられるとまず勝てないのだ。
当時イーグルスの4番を打った山崎武司も杉内の前では歯が立たない。
09年くらいの僕は敵チームの先発投手で「杉内、和田、ダルビッシュ」の名前を見ると試合を見るのをやめたレベルである。
10年にリーグ優勝に貢献、11年にリーグ優勝、日本一。
そして運命のFA宣言で巨人に移籍。
12年〜14年で3年連続二桁勝利をあげて巨人の三連覇に貢献。
ちなみに12年の交流戦でノーヒットノーランも達成している。その時のチームがまたまた楽天なのだ(笑)

成績、立ち振る舞いと共に18番という巨人のエースとして全く恥ずかしくないように振る舞っていたと思う。
しかし15年の後半戦から杉内投手の歯車が狂い出す。
16年から18年の引退宣言までまで一軍登板がなかったのである。
理由は怪我である。
過去のタイトルも怪我の前では歯が立たない。
杉内は「心から後輩を応援するようになり、勝負師として違うかなと感じた」と涙をこらえながら語り、「3年間、球団に期待してもらった。これ以上は僕のわがままになってしまう」と決断の理由を明かした。
杉内は二軍にいたときも巨人の若手投手陣達のコーチ代わりとしてたくさんの投手を見てきた。
そしてジャイアンツの若手投手達が躍動してるのを見てると杉内のコーチングのおかげなのかなと勘ぐってしまう。
過去の成績もさることながらその成績におごることなく今できることを仕事にした杉内がすごくカッコよく見えた。
最後になるけれども楽天と阪神のファンからするとどれだけ勝ち星を貢いでどれだけこの投手に悔しい思いをさせられたか分からない。
ただそんな人が引退してすごく寂しい。
だからこそありがとうとお疲れ様を言いたい。
拝啓、杉内俊哉様。
コーチや次の仕事での成功をお祈りしています。
今こそ英語だ。
私はアプリで今英語を学んでいます。
Duolingoとlingvistというアプリで。
やっと一ヶ月くらいDuolingoってアプリの学習が続いたので身についてる感じはあまりしないけどちょっと誇っている(笑)
そして書店でとある本を見つけて最近読みました。
堀江貴文さんの「英語の多動力」という本。
英語の多動力 https://www.amazon.co.jp/dp/4887246137/ref=cm_sw_r_cp_apa_McsMBb2B39506
この本を読んでいち早く英語をマスターしなければと思わされた。
この本にはなぜ英語を学ぶのか?そして英語を学べばどんな未来、どんな世界が広がっているのか?等の内容がつまっている。
僕が英語を学ぶ理由
僕が英語を学ぶ理由。それは一つ海外へ行ってみたいという目標があるからだ。
アメリカにはMLB観戦、ドイツはドイツビールにソーセージ。香港は美味しい中華料理食べ歩き、シンガポールはマリーナベイサンズホテルに泊まってみたいのだ。
その夢を叶えるために英語を学んでいる。
ちょっと単純かもしれないけどこれくらいでいいのだ。
英語とこれからの未来について
めちゃくちゃ長い長文もすぐに翻訳して日本語や他の言語に変えてしまう。
しかし外国人と接して一々スマホを取り出して翻訳してもらうのはかなりのタイムラグが起こる。
それに機械ゆえの翻訳によってちょっと「?」って思ってしまう結果になってしまう事が個人的にあった。
カーナビに頼っていたら目的地とずれた変なところにナビされたなんて事とおんなじ様な目にあってしまう。
このような目に合わない為に英語を勉強するべきだと思う。
それにAIは手助けしてくれるが簡単なやり取りならば自分でしゃべるほうが圧倒的に早いのは変わらないと思う。
そしてこれからグローバル化、国際化の並が今まさにやってきているのだ。
東京でも大阪でも京都でもありとあらゆる場所に外国人観光客がいる。
職場に行けば外国人の方が一緒に働いてるなんてこともおかしくも無い世の中だ。
もしそんな人とやり取りができたらきっと自分の能力開花にもつながるし成功体験の一つにもなるしきっと楽しくなると思う。
そして近い将来優秀な外国人があなたの会社の社長をやっているかもしれない。
そんな社長の前で英語喋れません(笑)なんて言ってる暇があるだろうか?
ちょっとタイトルからズレてるかもしれないけれど英語は今こそ始めるべきなのだ。
英語はトライアンドエラーの繰り返しだと思う
最初に言ったけど今僕は英語を勉強中だ。
単語のスペルが分からなかったり恥ずかしいミスをしたり外人としゃべることすら難しいと思うくらいまだまだ低い。
それでも楽しいのだ。
アプリに飽きてやらない日もあった。
外国人の前で話して恥や悔しい経験をしたこもある。
それでも戻る努力をした。
そして悔しさが勉強へのモチベーションになった。
下手な英語で悔しいを重ねる。
そしてその悔しいを燃料にしてもう二度と同じ失敗をしないために勉強する。
自己防衛と英語への興味が人を強くするのだ。
投資的思考ならば英語だけじゃなくいろんな経験を積むことができる
投資型思考と言うのは「行動力とチャレンジ精神を持ち合わせた思考の持ち主」だと思っている。
昨今傷つく事や失敗を恐れて挑戦をしない人が増えてきていると思う。
ただそれは違うと思う。
人生はトライアンドエラーと投資の繰り返しだと思う。
僕は20代だ。
しかし人生でたくさん失敗もしてきたし少ないかもしれないけど成功体験もある。
鬱になって目の前が地獄の一丁目だった事もあるし毎日楽しくて仕方なかった頃もある。
そしてそれらを乗り越えて今の自分がいる。
もし読者の方で「英語を学んでみようかな?」「やりたいことがあるけど失敗が恐ろしい…」って思っている方がいればその思考はいち早く捨てるべきだと思う。
成功は心の宝物にして失敗は糧にすればいいのだ。
最後に堀江貴文さんの英語の多動力の最後に書いてるページで締めたいと思う。
未来を恐れず
(Do not be afraid of the future,)
過去に執着せず
(do not attach to the past,)
今を生きろ
(and just live the present.)
PS:こんな文章書いてるけど英語力はまだまだだしlingvistちょっとサボりがちなのでまた頑張ります(笑)
岩隈久志という選手。
前回の挨拶記事を除いて第一回目!
今回は自分が一番大好きなスポーツ選手
岩隈久志投手についてお話したいと思います。

何やら今朝ニュースをチェックしていると岩隈選手が所属していたマリナーズを退団されると言うニュースが…
https://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/201809120000166.html
これから岩隈投手はどうなってしまうのか…
さてさて知らない人の為に岩隈投手についてのご説明を。
1999年のドラフトで大阪近鉄バファローズからドラフト5位で入団。
一年目は一軍登板なかったのですが二年目で頭角を現します。
岩隈投手が二年目の2001年、近鉄は西武、ダイエーとの優勝争いの真っ只中でした。
そんな中岩隈投手は二軍で結果を積んで一軍の試合に登板。
投手が弱点だった近鉄投手陣の救世主となりました。
中でもこの年のチームの完封勝利を遂げたのが岩隈投手なのであります。
この時20歳、恐るべし。
そして最終的には4勝2敗の成績。
そしてチームは劇的なリーグ優勝!
この試合は今でも近鉄ファンのみならずプロ野球ファンの語り草。
この年の日本シリーズでも登板しています。
2002年には先発ローテーションの一角として8勝7敗の成績。この年に結婚しました。
そして2003年チーム最多の15勝、2004年には開幕12連勝を含む15勝2敗の圧倒的な数字を残しチームのエースになりました。
しかし順風満帆だった岩隈投手の野球人生もここで一つ影が…
球界再編というプロ野球の歴史において大きな問題に飲み込まれてしまいます。
球界再編により近鉄はオリックスと合併(2005年オリックスバファローズ誕生)、そして新球団楽天が誕生しました。
そして岩隈投手は楽天を選びました。
2005年は9勝15敗防御率4.49と成績を落としてしまいました。(新球団だから仕方ないとも思うけど)
2006年2007年も怪我に悩みもはやこれまでか…と思いましたが手術に踏み切ります。
今思えばここが転換期だったかもしれません。
2008年、岩隈投手は復活を遂げます。
なんと21勝4敗防御率1.87という奇跡の大復活!
パ・リーグでは23年ぶりの21勝という大成績を残しました!
翌年第二回WBCでも岩隈投手は大活躍。
決勝戦の韓国戦で⑦2⁄3回を2失点に抑える天下一品の大快投!
今思い出しても痺れます。
本当にかっこよかった…
09年10年11年も田中将大と共に楽天のエースして活躍しオフに大きな決断をします。
12年マリナーズに入団。
開幕はあまり出番が無かったのですが初登板を皮切りにまたも活躍が始まりました。
ロングリリーフという役職で結果を残し後半戦からは先発ローテーションに定着!
どんどんと球団そしてファンからも信頼を得られる投手になっていきます。
そして2013年にはMLBオールスター選出もされました。
この年の成績は219.2イニング投げて防御率2.66 14勝の文句なしの成績でした!
14年には二年連続の14勝。
そして2015年岩隈投手はMLBの歴史に名を刻みました。
なんと8/12のオリオールズ戦でノーヒットノーランを達成!2001年の野茂英雄以来の大快挙!
夏休みの朝ニュースで知ったときは飛び上がりました(笑)
そして翌年の16年にはキャリアハイの16勝をあげました!
17年は怪我と手術で6試合の登板…
18年の今日にはついにマリナーズを退団してしまいました…
日本球界の復帰を目指しているみたいだそうです。
個人的には縦縞来てほしいのですがあの東北の地で背番号21番を見れる日を心待ちにしています。
徒然なるままに書きましたが一つこの選手の人生をまとめて見ると…
人生山あり谷あり。
しかし努力と挑戦を続けていればいつか光はやってくるのではないか…
と思っております。
若い頃からエースとして活躍、しかし球界再編の波に飲まれる日もあれば怪我で思うような活躍もできない日もあった…
でも腐る事なく自分のできる事をやりこなし21勝の大復活、国際戦の活躍やノーヒットノーランなど岩隈久志の野球人生は山あり谷ありでした。
もちろんまだここで終わる選手ではないと私は思っています。
拝啓、岩隈久志様。
また復活して大活躍する日を心待ちにしております。
ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。